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■■■ 無意識に、侵食※ヤンデレ財前につき注意 午後八時半。 時計の針が動くのを見計らったように、ピリリ、とメール受信を告げる音が鳴った。 手に取ったスマホの画面に表示される差出人は財前光。予想通りの相手である。 『日吉今何しとるん?』 『飯食って本読んでる』 片手でさくさく入力を終え、送信ボタンを押す。この動作も随分手慣れたものだ、とふと思った。 日吉は元来携帯電話の類が好きではない。コミュニケーションが嫌いな訳ではないが、性格上他人と親しくやり取りする性質ではなかったし、それでいいと思っていた。他人と四六時中やり取りが出来るツール等面倒以外の何物でもない。必要に駆られて持たされたはいいが、必要事項の連絡以外に使うことはめったになかった。鳳を筆頭に、向日や宍戸など人懐っこい面々は何かにつけメールを送ってきたが、返信は必要最低限しかしなかった。初めは不満を漏らされたものだが今ではすっかり日吉はそういうものだと知れ渡っているらしい。そっけない文面にも、一・二回しか返信しないことにも今では何も言われない。だからメールを打つ速度も全く上がらなかったし、初期機能のままの画面も変わらなかった。 財前光と付き合うまでは。 始まりは相手の告白からだが、日吉も憎からず思っていたし、何よりU-17合宿中で隣にいて居心地のいい相手だった。断る理由もなかったから了承したのだが、今ではそれでよかったと思っている。相手にはなかなか素直に伝えられないのだが、財前はそういう日吉の面も理解してくれているのがありがたい。だが財前の方が大人であることは間違いないだろう。下剋上だ、と密かに日吉は決意している。 それはともかくとして。財前はまめな男だった。無表情無感動、だるそうな雰囲気を常に漂わせているのだが、日吉に対してはそうではないらしい。めんどいっすわ、がという口癖はどこに行ったのだろうと驚くくらいである。 部活が終わって帰宅し、夕飯を食べ、自室に戻った日吉が自分の時間に入る。そのタイミングに合わせて毎日メールが送られてくる。用件は他愛無いものだ。いつも変わりないと言ってもいい。 ピリリ、とまた音が鳴った。 『何の本?』 予想通りの文面に、ふと口の端が緩む。 毎日同じようなメールを送ってくるので、一度言ったことがあった。用がないならメールを送って来なくていい、と。 あの時は大変だった。即座に電話がかかってきて、開口一番「何や自分怒らせてしもた?」から始まる謝罪と詰問である。別に怒っていない、と意図を告げるとあからさまに脱力して、「あほか」と言われた。曰く、何気ないことでも知っておきたいんや、とのこと。嫌やったか、と聞かれれば嫌な訳はずがない。他人と頻繁にやり取りするのは煩わしいが、好いた相手に気にかけられるのは別だった。普段なかなか会えないならなおのこと、少しばかり面倒を感じることもなくはないが、それ以上に繋がっているという安堵があった。 『新説・ナスカの地上絵』 送信する。三十秒もしないうちに返信が来た。 『ふうん、おもろい?』 『新説というにはインパクトに欠けたな。読めない程じゃないが』 『解説者か』 『ほっとけ。お前は何してる?』 なんだかんだ、数分を間を空けずにやり取りしている。返信が遅れると、何かあったのか心配するメールがすぐさま飛んでくるからだ。 当然本は中々読み進まないが、活字を眺めながら、頭の隅で次の返事はどうくるだろう、なんと返そう、と考えるのは楽しくもある。 『日吉のこと考えとる。本もええけど、自分も俺のこと考えてや』 馬鹿じゃないのか、と毒づいた。 日吉の一日はきっちり区分されている。部活や学校は勿論、食事や入浴の時間も大体同じだ。そのリズムを財前は周知していて、その時間帯には決して送ってこない。代わりに日吉ひとりの時間になると、必ずメールを送ってくる。気が付けば日吉の時間にはいつも財前がいて、それに慣れてしまっていた。 メールを送ってこない時間にも、ふとあいつは何をしているだろうかと考えてしまうくらいには。 『馬鹿じゃないのか』 呟いた言葉をメールでも送り返して、日吉は笑った。 あいつはなんて返して来るだろう。意地でも、いつもお前のことを考えてる、なんて言ってやらないが。 ああほらまた、財前のことをおもっている。 [#] うわこの日吉さんちょろい。 財前はひっそりヤンデレさん。日吉の許容できる部分からじわじわ許容範囲を広げていってる。 どう見ても財前に浸食されてますありがとうございました。 |